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MAILLARD LAB JOURNAL

最後のひと呼吸で、鶏と米に別の景色をつくる

ぼくはナンプりん、ナンプラーの香りを案内する小さな住人だよ。カオマンガイでは、最初から前へ出ない。鶏と米の輪郭が整った最後に、香りとうま味の道筋をそっと通していくんだ。

最後のひと呼吸で、鶏と米に別の景色をつくる
最後のひと呼吸で、鶏と米に別の景色をつくる

鶏のしっとり感は、沸騰させないところから始まる

鶏のしっとり感は、沸騰させないところから始まる

ぼくが最初に見ているのは、鍋の中で鶏肉にどんな熱が届いているかだよ。鶏もも肉と調味液を同時に温めると、表面だけが急に熱くなりにくい。温度が上がるにつれて、水溶性の呈味成分が液体と肉の表層のあいだを移動し、香りも表面に付着していくんだ。

ここで勘違いしやすいのは、短時間で塩味が肉の中心まで深く入ると思ってしまうこと。短い加熱で起きる主な仕事は、肉の表層を調え、煮汁へ出たうま味を回収し、液体を介して熱を穏やかに運ぶことだよ。だから、強い沸騰で鍋を荒らすより、液温を静かに保つほうが、表層と中心の温度差を抑えやすい。

鶏肉は加熱によって筋原線維タンパク質が変性し、収縮する。収縮が進めば、硬さや咀嚼性、切るときの抵抗にも影響するよ。加熱の速さと、タンパク質が変性温度へ到達する時期も、その後の組織変化に関わる。ぼくは鍋の中で、急いで仕上げるより、熱を乱暴に当てない道を選びたい。

ただし、余熱調理は雰囲気だけで安全を判断するものではないよ。家庭での管理基準として、鶏肉の中心が75℃に到達したあと、1分間保持することを必須にする。しっとり感を狙うからこそ、中心温度の確認は省かない。ぼくの案内は、香りだけでなく、食べるところまで届いて完成なんだ。

ジャスミンライスには、鶏だしと脂の香りを残す

ジャスミンライスには、鶏だしと脂の香りを残す

ぼくは鶏肉だけでなく、米の中にも潜んでいるよ。炊飯中、米粒は水を吸って膨潤し、デンプンが糊化する。そのとき、液相にある水溶性の呈味成分や塩類が、米粒のあいだと米粒内部へ分配されていくんだ。

ここで鶏だしをただの水として扱わないのが勘所だよ。ゆで汁に浮く鶏脂を残すと、脂溶性の香気成分と口当たりが米へ移る。米の一粒一粒を油で重くするというより、鶏の香りが舌の上でほどける足場をつくる感じだね。だしの水分と脂の層を、炊飯というひとつの工程で米に渡していく。

ジャスミンライスは、過剰に洗浄しない。品種特有の香りを残すためだよ。日本米と合わせる場合も、香りの強い米を洗いすぎて無個性にしないことが大切。ぼくは米の香りを、ナンプラーで覆い隠したいわけじゃない。鶏だし、米そのものの香り、あとから立ち上がる発酵香が、順番を持って感じられるようにするんだ。

盛りつけた直後に、湯気と一緒に香りが立つ。そこで鶏脂の丸みが米に広がり、ジャスミンライスの香りが奥から戻ってくる。ぼくの仕事は、味を強くすることだけじゃない。すでに鍋の中にある香りを、食べる人の鼻まで運ぶ通り道を整えることなんだ。

たれの中で、うま味と辛味の居場所をつくる

たれの中で、うま味と辛味の居場所をつくる

ぼくの出番は、最後のひと呼吸だよ。たれをつくるとき、タオチオ、ナンプラー、シーユーカオ、薄口しょうゆ、みそ、砂糖、赤唐辛子、ホットチリソースを、ただ混ぜれば終わりとは考えない。それぞれの塩味、発酵香、うま味、甘味、辛味が、口の中でどの順番に立つかを見ているんだ。

タオチオの水相へ、ごま油を少量ずつ分散させる。すると一時的なエマルションが形成され、脂溶性の香気成分とカプサイシンが鶏肉の表面へ広がりやすくなる。水と油が完全にひとつになるわけではないけれど、食べる一口の中で香りと辛味が離れすぎないよう、短い時間だけ手を組ませることができるよ。

タオチオとナンプラーに含まれる遊離アミノ酸は、うま味と熟成香を補う。そこへ砂糖を置くと、塩味、発酵香、辛味の知覚バランスが調整される。砂糖は甘さを主役にするためだけのものではなく、尖った要素同士の距離を整える役目も持っているんだ。

それでも、ぼくを早い段階から大量に入れないでね。加熱中に香りを重ねすぎると、ナンプラーの個性が鶏や米の香りを押しのけることがある。最後に少量ずつ味を見て、湯気が落ち着いた皿へ香りを通す。ナンプラーの出番は、最後のひと呼吸だよ。前へ出るタイミングを守れば、いつもの鶏と米に、発酵香の奥行きが生まれるんだ。

生の香りと野菜の食感が、一口を着地させる

生の香りと野菜の食感が、一口を着地させる

ぼくは、たれや鶏の濃さだけで皿を完成させないよ。パクチーは最終段階で生のまま加える。揮発性の香気成分は加熱で減少しやすいから、最後に葉を添えることで、発酵調味料と鶏脂の奥から青い香りが戻ってくるんだ。

きゅうりとミニトマトは、飾りではなく、連続する刺激のあいだに置く調整役だよ。高水分の野菜が入ると、塩味、鶏脂、ごま油、カプサイシンの刺激が続く一口の中に、温度差と水分感、食感差が生まれる。柔らかな鶏肉と、歯ざわりのある野菜を同じ皿に置くことで、口の中の印象が一方向に重くならない。

ぼくが見ているのは、味の強弱だけではない。鶏はしっとり、米はだしと脂の香りを抱え、たれは発酵香と辛味を持つ。そのあとにきゅうりの水分感とミニトマトの張りが来て、最後にパクチーの香りが抜ける。この順番があると、濃い味を薄めるのではなく、次の一口へ進む余白ができるんだ。

仕上げにたれをかけるときは、鶏肉だけに集中させず、米や野菜にも少し触れさせてね。ひと皿の中で味の濃淡ができ、口に運ぶ場所ごとに違う景色が生まれる。ぼくはナンプラーの香りを、料理全体へ大声で広げるのではなく、鶏、米、野菜のあいだに細い道として通していくよ。

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