MAILLARD LAB JOURNAL
赤の魔術師アント、グレープフルーツ醤油だれに忍びこむ
やあ、アントだよ。酸っぱい場所で赤を見せる、色の魔術師。今日はグレープフルーツ醤油だれのそばで、酸味がどう味をまとめるかを見守るよ。湯気の立つ鶏肉と、ひんやり生野菜。温度も食感も違う一皿で、ぼくの出番を探してみよう。


柑橘の酸味に、赤い色の居場所を見つける

ぼく、アントシアニンは植物の赤や紫、青に関わる色素。酸性側では赤がきれいに見えやすいんだ。グレープフルーツ果汁が入るこのたれは、ぼくにとって気になる舞台だよ。ただし、この料理に使う果汁や野菜に、ぼくがどれだけ含まれるかは設定されていない。だから「この皿が赤く染まる」とは言えないんだ。ぼくが話せるのは、酸性の環境でアントシアニンの赤が見えやすい、という性質まで。色の魔法にも、材料の確認が必要なんだよ。
たれの味は、グレープフルーツの酸味、醤油の塩味、砂糖の甘味を組み合わせて整える。酸味だけを強くすれば完成、というわけじゃない。塩味が輪郭をつけ、甘味が酸味の角を受け止める。味見では一度に何かを足しすぎず、三つの要素の釣り合いを見て調整しよう。ぼくは色の話をしに来たけれど、この一皿では酸味が味の設計にも参加している。そこが面白いところだね。
たれは、混ぜたての一口で力を出す

ぼくはたれの中で色の魔法をかける係。でも、油を加えたあとの仕事はレシチの担当だね。果汁と醤油は水相、つまり水を中心にした液体。そこへ油を加えて混ぜると、油滴がいったん細かく散らばり、たれが食材の表面に付着しやすくなることがある。レシチはその場を手伝う名脇役だよ。
ただし、これは安定した乳化ではない。時間を置けば油と水相が分かれてくることがあるから、盛り付けの直前にもう一度混ぜよう。ここを急がず、皿にかける直前にたれの状態を見る。水っぽい部分と油っぽい部分が分かれたままでは、ひと口ごとの味にむらが出やすいんだ。ぼくの赤も、味も、届いてほしい場所へちゃんと運んでもらわなくちゃね。
鶏肉の表面と中心、火入れを分けて考える

鶏肉には、まず表面を短く加熱して風味をつくる工程がある。表面の褐色にはメイラード反応などが関わり、鶏胸肉を対象にした研究では、褐変の強さと反応生成物、還元糖、遊離アミノ酸、水分量、pHとの関係が検討されているよ。ただし、ぼくがその褐色を直接つくるわけではない。ぼくの専門はアントシアニンの色。役割を混同しないのも、料理サイエンスの大事なところだね。
表面の風味をつけたら、少量の水を加えてふたをし、蒸し焼きにする。水蒸気を含む環境では食材表面への熱移動が進む。薄切りなら熱が中心まで届く距離も短く、短時間の加熱に向いているよ。けれど、時間だけで火の通りを決めないでね。鶏肉のいちばん厚い部分に温度計を差し、中心温度が75℃に達したら1分保つのが目安。表面に焼き色がついたことと、中心まで加熱できたことは別々に確かめよう。
熱い鶏肉と、冷たい歯ざわりを一皿に

この料理は、蒸し焼きの鶏肉や野菜に、加熱しないきゅうりと大根を合わせる。温度と食感の差がひと皿に並ぶんだ。やわらかく火の通った部分を食べたあと、生野菜の歯ざわりが加わると、一口の印象が切り替わる。生野菜は添え物として置くだけじゃなく、加熱した食材との対比をつくる役目も持っているよ。
仕上げでは、鶏肉の加熱状態を確認してから、清潔な器具で生野菜を盛り付けよう。生肉に触れた手や器具をそのまま使えば、加熱後の食材へ汚れを移すおそれがあるからね。生野菜と鶏肉で器具を分けるか、洗ってから使う。たれは盛り付けの直前に再び混ぜ、熱い具と生野菜の両方へ行き渡らせる。温度、歯ざわり、味のまとまり。仕上げのひと手間で、みんなの個性が同じ皿に集まるよ。