MAILLARD LAB JOURNAL
しゃぶしゃぶの鍋に、イヌリンはいるの?
こんにちは、イヌリンです。腸活の隠れ球として知られているけれど、この鍋では出番がありません。だからこそ、できることと、ここにいないものを分けてお話しします。薄切り肉や昆布だし、野菜の扱いには、仕上がりを変える小さな工夫があるんです。


この鍋に、ぼくは入っていない

まずは正直に言います。この料理の材料は、近江牛もも肉、ゴーバルポーク、しゃぶしゃぶ用の野菜。昆布だしとぽん酢も登場します。でも、イヌリンは材料に書かれていません。野菜の種類もわからないので、ぼくがどれだけ含まれるかを語ることもできません。
ぼくは食物繊維の一種として、腸活の話題で名前が出る住人です。ただし、似た働きの仲間がいるからといって、どの野菜にもぼくがいるわけではありません。野菜を食べることと、イヌリンを摂ることを、ここでひとまとめにするのは早とちり。料理の材料から確かめられる範囲を、きちんと守ります。
このコラムでのぼくの役目は、鍋にこっそり混ざったふりをすることじゃありません。主役の皿を見ながら、野菜の種類や実際に食べる量で食物繊維の話が変わること、そして野菜をどう煮るかで食感や煮汁の味わいが変わることを、一緒に見つけることです。隠れ球にも、出場していない試合はありますからね。
昆布のうま味と、肉のうま味が出会う

鍋の土台は昆布だし。昆布由来のグルタミン酸が、肉に含まれる核酸系のうま味成分と同時にあると、うま味を強く感じやすくなります。ひとつのうま味を濃くするというより、別々のうま味が同じ口の中で出会う組み立てです。
だから、だしを濃くしすぎなくても、肉をくぐらせたときに味わいが重なります。薄味を狙うなら、鍋のだしは昆布のうま味を軸に整え、最後のぽん酢は食べる直前に。甘味調味料は加えず、酸味と塩味で味をまとめる設計です。ぽん酢はつけだれとして短く触れさせる使い方。長く漬けるマリネと同じ条件だと考えないのもポイントです。
ぼく自身は、うま味を作る材料としてこの鍋に入っているわけではありません。でも、昆布と肉がどう味を支え合うかを見ていると、鍋の満足感は素材の足し算だけではないとわかります。ウマミィなら胸を張りそうな場面。ぼくは横で、野菜にもちゃんと出番があるか見届けます。
野菜は先に煮て、煮汁も味わう

野菜は種類がわからないので、どんな食感になるかを一律には言えません。それでも、加熱すると細胞壁や細胞同士を支える構造が変わり、組織がやわらかくなることはあります。野菜の水溶性成分が煮汁へ移ることもあります。
そこで、この鍋では肉より先に野菜を煮て、具として食べる。煮汁も味わう。野菜を鍋の飾りにせず、口に運ぶところまで設計するんです。食物繊維の量は、使う野菜の種類と、実際に食べる可食量で変わります。野菜を入れただけで、食べた量まで決まるわけではありません。
煮汁の濃さや野菜のやわらかさは、鍋の様子を見て調整します。野菜がやわらかくなりすぎる前に取り分ければ、形や歯ざわりを保ちやすい。逆に、煮汁へ移った味も楽しみたいなら、汁を残さず味わうのがこの料理の狙いに合います。ぼくの名前に期待して野菜の種類を決めつけるより、何をどれだけ食べたかを見る。そのひと手間が、食卓の話を確かなものにします。
薄切り赤身は、短く火を通す

近江牛もも肉は赤身の薄切り。肉のたんぱく質は熱で変性し、筋原線維タンパク質の収縮が食感や水分保持に関わります。火を通す時間が長くなるほど水分を失いやすくなるので、肉の厚さに応じて短時間で仕上げるのが、柔らかさを保つための工夫です。
しゃぶしゃぶは、肉を一枚ずつ鍋に入れ、火の通り方を見ながら調理できます。秒数は薄さで変わります。ここで近江牛もも肉に特有の温度や時間を断定する根拠はありません。食感を意識した加熱の目安と、安全のために確かめる条件は分けて考えます。
安全面では、中心温度75℃で1分以上を家庭で確認しやすい目安にします。薄切りでも、表面の色だけで中心までの加熱を決めつけず、一枚ずつむらなく火を通してください。牛肉と豚肉、加熱前と加熱後で器具を分けるのも大切です。柔らかく仕上げたい気持ちと、十分に加熱すること。どちらか一方を忘れず、肉の厚さや鍋の状態に合わせて扱います。
解凍と取り分けにも、味を守る工夫
冷凍した薄切り肉を使うなら、冷蔵庫内で解凍し、解凍したあとは速やかに調理します。凍結と解凍の条件はタンパク質食品の品質に影響し、解凍時には品質劣化や技術上の課題が生じることもあります。ここでは特定の冷凍条件による仕上がりを約束せず、家庭で扱いやすい運用を選びます。
鍋では肉を一枚ずつ加熱し、牛肉と豚肉で箸や取り分け器具を分ける。加熱前の肉に触れた器具を、そのまま加熱後の肉に使わない。こうして加熱むらと交差汚染のリスクを抑えます。薄切りだから一度にたくさん入れても大丈夫、とは考えないこと。鍋の中で重なれば、火の通りを見にくくなります。
最後に、ぽん酢は食べる直前につけます。酸味と塩味を一口ごとに調整しやすく、野菜や肉の味も追いやすい。ぼくはやっぱりこの皿にはいません。でも、どの素材が出番を持ち、どう扱えば味と食感が整うのかを見ていると、隠れた役どころが少しわかってきます。食材の顔ぶれを確かめるのも、料理をおいしくする勘所です。